『ラギッド・ガール』その10

新作「魔述師」について(その1)
すでにお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、〈ズナームカ〉のパート、その物語の枠にはジョン・ファウルズの「魔術師」(リンクは過去の日記。飛のこの作品に対する意見が書いてあります。)*1 *2を少々借用しています。
とはいえ同書を再読はしなかったし(そんな余裕はなかったよ)、あの巨大なポリフォニーになにか意味ある声部をつけくわえることなどできませんから、オマージュのつもりもありませんでした。
今回書き下ろしで〈大途絶〉を扱おうと決めたのですが、どうやればあの事件の実質を「小説」にできるのか、というのはちょっと途方に暮れるような問題でした。〈大途絶〉の正体が何であったかはとうぜん『グラン・ヴァカンス』で決めてあった(ジョゼがランゴーニを墓泥棒扱いするくだりがあったことと、ダークの声明の表題を比較してみてください)のですが、いったいだれがどんな切実さをもってそれを準備し、敢行したのかは見当もついていなかったのです。
現実側については主人公の名前を〈ジョヴァンナ・ダーク〉*3としたことで何とか見えてきました。ところがダークのパッションが深まるにつれ、仮想側にもこれを受けとめる情感の密度が必要になります。さらに官能素機構をはじめとするさまざまな〈説明ネーム〉(笑)を仮想側にも割り振らなければなりません。
もともとこの仮想パートでは、主人公の少年と親方との疑似親子関係をとおしてズナームカ世界を楽しんでもらおうと考えていましたが、親方では区界の論理を超えたことは教えられない。もっとデモニックで導師的な人物が必要です。ここではたと思い出したのが『魔術師』のモーリス・コンヒスでした。「ラギッド・ガール」につづいてファウルズを引用するのはやや気が引けましたが、贅沢は言っておられません。おすがりして助けていただいた次第。めんぼくない。*4
ちょっと前のコメント欄へのお答えは、ま、かいつまんで言うと、こういうことです。
本書全体の校了後、『魔術師』の上巻だけ読み返しましたが、ただもう感嘆するばかり。下巻はもっともっと凄いけど。
しかし小笠原豊樹氏の訳文は、それ自体ほんとうに素晴らしいですね。ちょっと読んでいただければ、飛の文章が物凄い影響を受けていると分かるでしょう(今回、初めてわかってびっくりしました)。

*1:イギリスの中産階級に生れ、オクスフォードを出た青年ニコラス・アーフェは、すでに人生にある種の虚しさを感じていた。ある女性とのエロティックな恋が終ったのをきっかけに、英語教師としてエーゲ海の孤島に渡る。そしてそこで不思議な老人コンヒスに出会う。次々と起きる、複雑怪奇な出来事…。サスペンスあふれる恋愛小説、冒険小説、そしてオカルティズム哲学の稀有な物語。

*2:"The Magus" was originally published in 1965 and reissued in a revised version twelve years later. The story of Nicholas Urfe and his friendship with a demonic millionaire which leads to an elaborate series of staged hallucinations, riddles, and psychological traps, The Magus endures as the most enigmatic and magical novel in the Fowles canon, a work rich in symbols, conundrums, and labyrinthine twists of events. This Modern Library edition includes a new introduction by the author.

*3:元ネタが分かった方は下にお書きください。ダークはDarkではありませんし、Googleでも出てきませんが。

*4:だから『魔術師』にジュリーという人物が出てきても、これはただの偶然です。