秘伝「大名送り」(シラウオ)

前掲書から。

 この家伝は、何でも松平齋斎公が江戸の将軍家や京都の宮家、九州の鍋島家などに陸路はるばる送らせた秘法で、幕末に白潟魚町の出雲家から嫁いだ曽祖母シンが口伝したものだという。
 ポイントは、寒冷な二月の未明、しぼりたてのキラズを早朝の寒気に氷点まで冷却しておく。また一方、前夜に掘ってよく洗い、水気を切って冷やしてあった新鮮な雪の下の高菜に、捕れたての寒中のシラウオを薄く挟んで、ヒノキの木箱の中に、たっぷりの寒冷なキラズで押さえるように詰めたものであった。
 いま思うと保蔵の条件として優れた手段だ。無菌に近い寒中のシラウオとキラズと高菜。高菜のもつ辛子油や葉緑素、ヒノキチオールなどの殺菌力。キラズで輸送箱中の一切の流動を断つ。それで一定氷温と湿度保持を腐心した精密な手順は、理にかなっていて、江戸期の発明とは舌を巻くほど。積年の経験と蓄積から生まれた技であって、当時の知識で、最高水準の先端氷温保存技術だったと思わされる。
 それにプラスする条件は、当時、湖水も大気も今ほど極端に汚染されていなかったことと、今より寒冷だったことであろう。たぶん、江戸へはともかく、陸路で上方へは十分可能かつ確実な輸送手段であったと思われる。今の汚れた湖環境では、大腸菌群いっぱいで、とても無理。きれいな雪すら積もらない。シラウオだって生活しにくい湖水になった。昔の湖に戻したい。

たしかにキラズ(おから)は保冷と緩衝を両立できますね。高菜の辛みも、保存効果がありそうです。
ちなみにシラウオと高菜の卵とじは、松江の人にとっては定番の組み合わせで、その意味でもなるほど感満点です。
寒冷な二月の未明に起きだして、SFを書いている松江人もいますが。