筆舌に尽くしがたい

みなさんお元気ですか。飛はどうにかこうにか元気です。今日テレビのグルメ番組で彦麿呂というひとが「ハンバーグの規制緩和や〜」などといつもの奴をやつぎばやにはなっていて、あの表現力にあやかりたいもんだなあなどと思いながら観ていました。
ところで非常においしい料理を食べて、そのおいしさを言葉ではどのようにしてもうまく言い表せないという意味で「筆舌に尽くしがたい」というフレーズをよく使いますよね。これ自体ひとつのクリシェ、決まり文句になっていて書き手の方も「筆舌に尽くしがたい」と本気で考えている風ではありません。「ヒツゼツ」という音は「壮絶」とかの語感をそれとなく聞き手に暗示しますし、フレーズ全体を発音するとき口の中に生起する鋭角的(濁音やT音の多さ)な触感も、ものごとを強調したいときに非常にぐあいよくフィットするもんだから重宝されているのでしょう。
えっと、料理のおいしさや音楽の法悦や美女のおひざの心地よさ*1を言葉で表現することは「筆舌に尽くしがたい」ことなんかじゃなくて、どっちかといえばたやすい、簡単なことですよね。むしろそういうことをなんとか伝えたくてたまんないときのために言葉はあると思うんですけど。
ではいちばん「筆舌に尽くしがたい」のはなにかといえば、やっぱり「筆舌」つまり「ことば」そのものでしょう。音楽や絵画、料理やセックス、スポーツやダンスのときに人間に何が起こっているか、われわれはそれを執拗なまでに言葉で表現しようとします。しかし小説や詩にゆさぶられたとき、その感興を表現する語彙は本当にとぼしくまずしい。小説のレビューでも評論でも「その本を読んでいるときの幸せな、心がしんと凍てつくような、ページをばんばんたたいて抱腹絶倒するときの気持ち」をうまく伝えてくれるものは本当にまれです。ことばたちが人間に対して「なにをしでかしているのか」……それを表現するのは「筆舌」では無理なのかもしれません。むしろ歌舞音曲や料理で小説をレビューした方がいいのかも……あ、これネタになるな。

*1:経験ないけど多分心地よいだろうと思います……。