贈賞式
今回は、飛が選考経過を話すことに。ほんとうは東浩紀氏に押しつけようと思っていたのですが*1、かれは自分が主催する大きなイベントとぶつかっていたので、飛が島根県から出てくるはめに。
登壇したとき、やはり緊張していたのか、受賞者席にお辞儀をするのを忘れました。だめだなあ。
いちおう手元にメモを用意していて(じっさいにはだいぶ変えて話しましたけど)転記しておきます。長いですよ?
それでは、このたびの選考経過をご報告いたします。
選考会は昨年12月6日、都内で開かれ、5人の選考委員、豊田有恒氏、萩尾望都氏、太田忠司氏、東浩紀氏、そして私飛浩隆が選考をつとめました。
日本SF大賞は、コミック、メディア作品、ノンフィクションもひとしく候補となるのですが、今回はすべての候補作が小説でありました。近年のSF小説の充実ぶりの反映であり、それだけに1作を択びだすのが非常に難しい年であったと思います。選考は長時間に及びましたが、ここでは、それぞれの作品ごとに、交わされた意見のいくつかをご紹介してまいります。
神林長平さんの「アンブロークン アロー」は、〈戦闘妖精・雪風〉のシリーズ最新作です。この巻では、まさに神林さんの本領発揮といいますか、考え、会話することがそのままエイリアンとの激闘となるような世界が描き出され、作者のラジカルな表現意欲、強靭な意志に圧倒される思いでした。しかし、シリーズ中からこの一巻のみを取り出したとき、前提となる世界像や人物設定が分かりにくく、作者の意図が十全には伝わらないのでは、という指摘がされ、今回の贈賞とはなりませんでした。
佐藤哲也さんの「下りの船」は、どこともしれぬ惑星への強制移住させられた人々とその世界を描いた作品です。悲惨な労働生活、陰鬱な戦争を通し、人間世界の理不尽さが、淡々と、恐るべき密度で描き出されていきます。文章の驚異的な品質、文芸としての出来栄えを称えた声がある一方、もっとダイナミックな物語やSFとしてのワンダーを求めたいとする声もあり、強く支持されるには至りませんでした。
長谷敏司さんの「あなたのための物語」は、文学の永遠のテーマである「物語を書くとはどういうことか」を、現代SFの最新の道具立てで描き出し、それを人の死というテーマと対置させた大変な力作です。淡々かつ冷徹と書き抜く持久力、その緊張の持続が高く評価されました。ただ、物語の舞台が限定されストーリィが大きく広がっていかない点、そのためこの分量がやや長く感じられる点、人工知性をめぐるさまざまなアイディアが、ひとつながりになって感興を高めていかない点が指摘され、いま一歩及びませんでした。
もっとも多くの支持を集めたのは上田早夕里さんの「魚舟・獣舟」、そして伊藤計劃さんの「ハーモニー」であります。
上田さんの作品は短編集でありますが、短い枚数でアイディアを存分に発展させる手腕がすばらしく、凝集された文体、ほの暗いトーンがお互いに引き立てあって、読みごたえたっぷりとなっています。今回の候補作は非常に先鋭であったり、渋かったりという中で、上田作品では明快なストーリーと鮮やかな思考実験が両立している点が評価を集めました。とりわけて、壮大なスケールを誇る表題作、それに「くさびらの道」の心憎いまでの巧みさを称える声がありました。
しかし短編という制約のせいか、手堅さ、まとまりが前に出ている印象もあり、SF大賞を贈るならばいま一段の冒険、革新性を求めたいとする意見が勝ち、このたびの贈賞とはなりませんでした。伊藤計劃さんの「ハーモニー」は、アイディア、ストーリー、文体、そして透徹した思索が高度に絡みあい、エンタテインメントの形をいささかも崩さず、その上で現代SFの最前線をさらに一歩進めようとする作品です。ここで描き出された高度保健福祉社会は、安全と健康を願ってやまない私たちの姿絵であり、三人の主人公たちの痛ましさはまさにこの世界が抱える痛ましさでもあって、読み手をたじろがせ、強く動揺させる作品であったと思います。作中で提示されたアイディアに納得がいかないという意見が出され、ここで相当の意見交換も行われましたが、最終的には、2009年を代表し得る作品として、選考委員は「ハーモニー」に大賞を贈ることを決定いたしました。
選考経過は以上でありますが、最後に、受賞者である伊藤計劃さんについて、少しだけお話をすることをお許し下さい。
皆さんご存じのとおり、伊藤計劃さんは、昨年の3月20日夜、34歳の若さで亡くなられました。実はほぼ1年前、昨年のこの贈賞式の日、この会場に来る前に私は入院中の伊藤さんにお目にかかりました。SF作家クラブ入会のお話をするためでした。ひどい雨振りの日でありました。「ハーモニー」について、お話ができたこと、病室の空気など昨日のように思い出されます。
私たちはもっともっと、伊藤さんの本を読ませてもらえる筈でした。それに、伊藤さんのことですから、きっとコミックを書かれたことでしょう。映画のメガホンも取ったに違いありません。読みたかったなあ、観たかったなあ、と思うたび心にわいてくるこの感情を、まだ私はうまく言葉にできずにいます。
どうかみなさん、「ハーモニー」を始めとする伊藤さんの作品を、お読みください。これから明日を生きていく若い人たちの、心に突き刺さり長く記憶されるような、そんな小説であると思います。以上で、私からの報告を終わります。
三村美衣とかには「まじめすぎ」と不評だったそうですが、まあ、そうだね。そのとおりです。反論はありません。
あと、以上は、選考経過をできるだけに公平に伝えようとしたものであって、飛個人の意見とはかなり異なっています。そのへんはSFジャパンに掲載された選評と読み比べていただければと思います。
パーティーから後の話は、いずれ、また。