『ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)』(桜庭一樹)

ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)
(いつものことながら、「人の本」カテゴリでは作品のプロフィルやストーリーはほとんど紹介しません。読了した人に仕様を最適化しております。ご寛恕くだされ。)
この作者の本を読むのは恥ずかしながら初めて。第一章の文体を飲みくだすのに、さいしょのうち、ちょっと苦労しましたが*1、そのあとはするする読めました。ことに第三部の文章には手の切れそうな鮮度があり読み手を強烈に惹きつけます。第二部は、文体じたいはそこまで直截な吸引力はありませんが*2、作者の示す「青年」という概念が、その提示の巧妙さともども楽しめます。
飛が感心したのは終幕の黙示的ヴィジョンで、これはなかなか凄い。情景の作り込みや設えが凄いのではなくて、この情景がおそらくは同世代の読者の日常の心象に近いだろうな、と思わせる点で。このような心象風景を抱えて生きている人がきっと多いのでしょう(自覚はなくとも)。それを剔抉できる点に作者の才能があります。
本作は、作者が非常に高い感度で捕獲したイメージや概念の群を、直感的演奏力によって糾合したものと、飛には読めました。外見は巧緻な技巧的作品のようだけれども、実体はむしろプリミティブな出力と思います。ここには作者にとって切実なモティーフが、作者にとって切実な連関をもって書き留められているはずです。
しかし飛には、本作は時計のムーブメント(格納されたメカニズムの核心部分)であるべきではなかったかと感じられます。
作者が、本作全体を読者からはまったく見えない核にして、まったく別の(円満な外見を持つ)小説を書くべきであったろうと。ああ、これは実作者以外には非常にわかりにくいかき方かもしれませんね。別に『ケルベロス第五の首』みたいに、この物語を謎として埋め込んだ外側の小説を書いたら、といっているわけではありません。本作に書き留められたモティーフや作者がそこに感じている欲望は、もっとソフィスティケートされた(言い換えると邪悪で狡猾な)小説に移植されたとき、より強大な破壊力を持つと予感するからです。
いやしかし、まあ、ムーブメントだけをごろっと提示できるのもSFの良いところなんですが。

*1:この作者ならもっともっとうまく書けると思います。

*2:もってまわった書き方をすべきパートであるため、それでよいのです。