『博士の愛した数式』(小川洋子)

博士の愛した数式
恥ずかしながら、いまごろ読みました。
ううーむ……脱帽。なんかインスタント・クラシックの風格を感じました。
飛はこの作者のよい読者ではなくて読んだ記憶があるのは「薬指の標本」くらい。
それにしても冒頭の二文がほれぼれするなあ。

彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。

この物語の主要人物が三人であること、それが「博士」と「私と息子」というふたつのグループに分かれていること、グループ間のコミュニケーションに使われるのが「数学のことば」であること、回想のことばで語られるということ・・・という本作の本質がわずか36文字で語り尽くされています。そしてあとひとつ。ルートの記号には「屋根、傘」のイメージがあることも。
この小説にあたたかな肉体を与えているのは、主人公の派遣家政婦という職業です。
本作を進行させていく、縫い物、掃除、料理、看病といった日常的で、フィジカルで、こまごまとしていて、人の手を感じさせるディテイルのすべてがこの職業から導き出され、それが博士の語る数学の美しい静けさをいささかも損なうことなく、小説というシステムの中へ移植するという奇蹟を可能にしているのです。